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White Flagについて
25 year peace sign hi rez

今日はWHITE FLAGについて書く。
知っている人もいると思うけど、White Flagの中心人物Bill Bartell(a.k.a. Pat Fear)が9月14日に亡くなった。52歳。
White Flagの多国のレーベルからのリリースや西海岸パンク・シーンから始まるメンバーの遷移はあまりにも複雑でまとめるのは難しいだろう。誰か強力なコレクターがまとめてくれるのではないだろうか。そして、僕はそこまでのWhite Flagファンではなかったのだけど、僕のやっているTarget Earth RecordsではWHITE FLAGのEPを2010年に出している。なので、一般的に見たWhite Flagでは無くて、リリースに絡んだ思い出を書きたい。

始まりはなんだったか、よく憶えていないけど、BillがTarget Earthに興味を持ってメールしてきたのだと思う。日本で出せるとことを探している風だったけどね。日本盤ってことではWizzard In VinylがEternally Undoneってアルバムを出していたから、そこから出せばいいのでは?と言ったけど、7インチで出したい意向でそれでTarget Earthがいい、というような話だった。
正直にいうと、僕はそれほどWhite Flagに強い興味が無かったし、こういうような日本でリリースをしたい、というようなメールはよく来るし、それを真に受けてリリースして売れない例も多々あるので、もちろん断る方向で考えていた。

僕はWhite Flagに対しては、曲はいい曲あるけど、メンバーの名前やTater Totzといったサイド・プロジェクト含めて、パロディや冗談ばっかりで、なんかなじめない感じがあった。バンド名自体もBlack Flagへのあてつけのようなもんだし。ようするに、真面目にやってない印象があった。だけど、メールのやりとりを続けていくうちに、だんだんと、その冗談を常にかましたり、誰かをおちょくったりするというのが、彼なりのパンク表現なんだと思うようになっていった。悪ふざけするということにおいてまったくのブレがないし、たんに悪ふざけするのは簡単だけど、それをレコードにして出し続けるってことはなかなか大変なんじゃないかと思ったし、それにメールではけっこう真面目だった(意味不明のメールがやたら沢山きたし、そしてスペル間違いが多かったが、それも冗談なのかどうかはいまとなっては解らない、、、)。
で、Wizzardから日本盤も出てたし、知名度もあるからある程度は売れるだろう、と考え、なんとなく、出すという方向に気持ちが傾いていった。

Billが初めに送ってきた曲はBeatlesの替え歌だった。たぶん"Rain"かなんかだったと思う。まさに替え歌ってのがふさわしいというか、アレンジもまんまで歌詞だけ違うといった代物だった。僕は上にも書いたように、パロディってあんまりなじめなかったし、Beatlesに関してなにかやるとカネの面でめんどくさいことになるんじゃないかと思ったので、こういうのは止めてくれませんか?と言った。自分はショーン・レノンやオノ・ヨーコとも知り合いなんだ、とか言ってたけど、その方向を止めることは納得してくれた。
それで送りなおしてきた曲が全部良かった。パワーポップもパンクも入っている、Target Earthのことを理解してくれている感じがして嬉しかった。"Dido"という曲はタイトルに関しては以前のブログで書いたようにDidoの"White Flag"に対するあてつけであるが、そういうのは僕も嫌いじゃなかった。Greenの"REM"とかね。

デザインは宇佐美くんに頼んだが、それもまたいろいろ指定があった。簡単に言うと、Runawaysの日本盤シングルに準じたようなものにして欲しいっつうことで、うーんなんだかなあ、とは思ったけど、宇佐美くんがなんとか形にしてくれた。EPのタイトルは"Keepers Of The Purple Twilight "だけど、ぜんぜん関係ない邦題つけようぜ、ってことで宇佐美くんが"宇宙からの使者"っていうのを考えてくれた。使う写真とかいろいろ指定があって、めんどくさいなー、とか思いながらも楽しんでやることができた。

Billの希望で訳詞を載せることにした。これは、スティーブに頼んだ。これはどういう意味なんだろうか?言葉の意味はわかるんだけど、何のことについて言っているのだろうかなど、何度かやりとりをしたりした。
そうして、なかなかの自信作が仕上がった。ちょうどその頃、ジャームスのことを描いた映画「ジャームス 狂気の秘密」(原題:WHAT WE DO IS SECRET)が公開するっていう話を聞きつけ、チラシに宣伝を入れてもらったりした(Billはもともとジャームスの追っかけであり、この映画では時代考証で参加している。また警官役でのカメオ出演もしているのだった)。あとはKen Stringfellowが参加しているってのも売りになるだろうと考えた。Liquid Screenの今井くんはこのリリースを「快挙」だと言って喜んでくれた。まさか、White Flagが友達のレーベルから出るとは!と。僕は80年代のアメリカン・ハードコアを聴いている人にも響くのではないかと期待した。
しかしながら、このシングル、日本ではほとんど売れなかった。持ってるってひと、ほんのちょっとだろう。宣伝が足りないのは毎度のことだろうけど、売れなさ過ぎた。サクっと売れるようなら、来日もありかな、なんてうっすらと思っていたのも吹っ飛んでしまった。Billが亡くなってしまったいま思えば、無理にでもやっておくべきだったが、まあ、そのときはそうは思わないよね。
だけど、僕はこのシングルはすごい好きな一枚だと胸を張って言える。聴かなかったひとは残念だね。負け惜しみじゃないよ。
そして、このシングルが僕とKenを繋いでくれたとも言える。このシングルを切っ掛けにKenとのやりとりが始まり、アルバム・リリースやツアーに繋がった。
Kenとツアー中に雑談で、Billはやたらメールが多くって、もうメール送ってくんな、って言ったんだよ、って二人で笑ったりしてたんだけど、それももう来ないと思うとしんみりするよね。

日本ではBillのことを気にすることはあまりいないだろうけど、僕は、冗談を破壊的パワーに結びつけた、こんなユニークなパンク・ロッカーがいたということを忘れないだろう。一度も会えなかったのが残念だ。

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テーマ:ロック - ジャンル:音楽

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