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福岡 Jumpin' In The Night (その2)
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福岡 Jumpin' In The Night (その1)
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1月の前半に福岡に行ってきた。福岡に行くのは10年ぶりくらいじゃないか?おそらくRockbottomと行ったのが最後だろう。福岡にいる平島くんとはいろいろやりとりを続けていて、ここ何年かはRaydios、Tweezers、Beat Caravanなどの福岡ライブに関して仲介のような連絡係のようなことをやっていたが、自分は付いて行ったりすることは無かった。

今回は2017年の夏に高円寺でやった写真展の福岡版、ということで話をもらった。9月にも水戸のRecords KNOXで写真の展示をやったので、写真展が巡回するよう形ということで話をもらった。写真だけ送って、適当に貼ってくださいというのもできなくはなかったが、せっかくいい話をもらったのでやることにした。ただ、自分の写真展だけでは弱いんじゃないか?という考えもあり、東京からバンドを連れていくのがいいんじゃない?ということで、Firestarterなども検討したけど、スケジュールの都合などもあり、Rulerにお願いすることにした。Rulerはまだレコードを出していないバンドだけど、東京でのライブは確実に盛り上がっていて、イケると踏んだ。平島くんもRulerで問題ないってことで、それ以外の部分は平島くんにお任せということで、対バン、DJをブッキングしてもらった。バンドをメインにして写真展をおまけということにしたらどうだろうか?と言ったのだけど、そこはこだわりがあったようで、写真展をメインとし、ゲストをRulerとした。
僕は会場準備があるので早く行かなければならなかったんだけど、バンドも一緒に早く行ってくれることになった。

昼には福岡に着き、平島くんの車にて移動、ラーメンを食いにいき、よせばいいのに替え玉をしてしまってお腹いっぱいで会場着。さっそく写真を貼り始める。Rulerもリハまで時間があるからと手伝ってくれたが、途中でリハ~外出(レコード屋?)で、僕は黙々と写真を貼り続けた。なんとなく、平島くんに時間を確認したら、もうオープンの時間になっていた!それでもまだ貼り続け、なんとかライブが始まるまでには終わらせた感じにはなった。このまえ東京に来てくれたときにはぜんぜん喋れなかったPushers / Knocksの市丸くんも佐世保から来てくれた。
いや、しかし、写真を見たひとなどとお話ししたり、バンドのライブも観たいし、写真も少しは取りたいし、サケも飲みたいし、ととにかく忙しい!いろんなバンドとツアー同行もしたけど今回は写真を貼るという作業があったため、ベタ付きにならざるを得なかったので、それがいままでと違うとこかな。でも、写真が貼ってあるというのは人と話す切っ掛けにはなるな、と思った。
東京のバンドの写真を見ても面白いのかな?というのは水戸でやるまえにも思ったけど、みんなじっくり見てくれててよかったよ。
東京で会ったことのある人や、以前福岡で会ったことがある人もいたけど、初めて会ったり初めて喋ったりというのがその土地土地のシーンの雰囲気を感じ取れるというのやはり自分にとっては面白い。

Banana Erectorsの奥滝さんがDJをやってくれるはずだったんだけど、家庭の事情により急遽来れないことになった。せっかく写真を貼っておいたのに残念だ!あと、もしかしたら会えるかなとこれも写真を貼っておいてNervous Breakdownの垣添兄弟にも会えなかったな。ドラムのナカジはThe Routesのメンバーなので、会うことができたけど。

各バンドに関しては次回につづく

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さらば新宿ジャム
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新宿JAMが2017年をもって閉店した。
最後の方はちょっとしたお祭りになっていたと思うが、2週間ほど過ぎた今、皆の話題に上ることがほとんどない。この波の引き具合の速さにはびっくりするが、自分のやった年末の企画について少し書いておこう。

新宿JAMは1980年にオープンした。古くから知る人は「ジャムスタ」という。スタジオ併設であり、レコーディングにも使用されていたという経緯による。僕の場合は単にジャムと呼んでいた。そのジャムが2017年いっぱいで営業を終了するということになった。理由はビルの老朽化による取り壊しということである。

37年もやっていたので、今は有名になっているバンドも多数出演しいていた、というのが閉店のニュースには必ずと言っていいほど書いてあった。そのこと自体は長くやっているところであればいくつかはあるだろうが、同時にモッズやハードコア、ガレージなどのシーンが80年代に形成されるのに一役買っているというのと、我々界隈でもたくさんのバンドが出演しているということ、それが重要だと思う。今は有名になったバンドたちも無名の時に出ていたわけで、つまるところ、ハードルが低く(使用料が安い)、門戸が開かれ、われわれの生活に近い自由な雰囲気があったということではないだろうか?メジャーに行くようなバンドあり、アンダーグラウンドに居続けるバンドもあり、という多様性を許容する風土があったのではないか。

われわれ界隈もかなりの頻度でジャムとシェルターの併用という感じで使用していたが、近年はへヴィ・シックやペンギンハウスなどを使う回数が増えたし、Pit Barなど新しい店もできたりして、ジャムで企画をやるバンドが減っていたように思う。当然ながら、観に行くライブが減れば足は遠のく。

そんなジャムから閉店の情報と閉店間際に企画をやりませんかとの打診がRockbottomを通じて僕の耳に入ってきた。それが5月くらいのことだったか。足が遠のいていたのだが、Rockbottomが長いことジャムのスタジオで練習やっているので、その関係で話が来たのだと思う。当然やる、ということになるのだが、Rockbottomの企画というよりはTarget Earthの企画にした方がいいのではないか?ということになった。

今回、ジャムが最後ということになると、メンツもある程度慎重に決めなきゃな、とは思いつつも結局は自分の馴染みのある、というかTarget Earthにゆかりのあるようなバンドたちでまとめた感じになった。のんびりと決めているうちにあっという間に秋になり、冬になった。途中議論していたのが、オールナイトにするのか、通常時間で終わりにするのか?ということだった。平日とはいえ、仕事納めの人も多いだろうから、オールナイトにするか、普通の時間に終わらせて忘年会をやるか、といったところだ。秋口になって、ジャムの深夜帯で警察から注意が入ったという話があり、オールナイトは厳しいんじゃないか?ってことにもなったんだけど、店長の石塚さんに相談したら、経緯は省くけど、大丈夫ということになった。それでもまあ、みんなオールナイトはキツイだろうということで、1時か2時くらいには終わらせるという流れにした。

Rockbottom、Thunderroads、Evil Hoodoo、Firestarter、Three Minute Movieとわりとすんなり決まった。そして今回サプライズとして、コードの発展形となるB.C.P.C.を仕込んだ。これは初ライブにする予定だったけど、11月のPushersをお披露目としてこのときは2回目のライブとなった。そして、ザ・ノウを解散したたくじのバンドGiza Gizaはこの日を初ライブとした。最後にすべりこみで、グレッグのTalent Showを入れて8バンド、となった。DJには尊敬する先輩、関口さんとノヴさんにお願いして、なかなか強力なメンツとなった。しかしながら、バンド数が多いので日付を超える設定にしなければならないというのと、当日仕事がある人、次の日仕事がある人、というそれぞれの都合があり、希望を入れ込むと真ん中に集中してしまうので、タイムテーブルを作るのはなかなか調整が大変だった。

当日、仕事を早あがりし、新宿に向かう。新宿駅からあの遊歩道「四季の道」を通って。今回は昼の部もライブ企画が入っていた関係でトップのGiza Gizaのみリハをやってすぐにスタート。それぞれのバンドについて書くと長くなるので、書かないけど、最初からお客さんがいっぱい入っていて、全バンド盛り上がっていた。みんなジャムで初ライブやったなどのいろいろな思い入れがあるだろうから、それをそれぞれの角度で感じながら演っていたのではないだろうか。僕は一応時間管理をしながら写真撮ったり、自分もDJやったり、みんなとしゃべったりとわりと忙しくしているうちにすぐ時間が経ってしまった。懸念していた終電後にガラガラになるのでは、ということもなく、みんなけっこう残ってくれていたのでよかった。案の定、間に合うのか間に合わないのか?というタイミングで来る人がそれなりにいたりして、一部順番変えたりもしたけど、なんとかやり切った感はあったな。Target Earthと出てくれたバンドたち、そしてジャムの関係性っていうか、あの感じ、天井の低さ、楽屋の感じ、ドリンクカウンター、トイレ、ステージの奥行のかんじなどなどいろいろな場面を思い出しつつ。

ジャムは途中経営母体が代わったりもしているけど、僕らにとっては変わらないジャムだった。お客さんにとってどうか、というのは一番大事ではあるけど、ライブハウスというのはビジネス面の維持と文化貢献的な面のバランスが大変で、バンドとライブハウスに双方に負荷が掛からない形でやるのはなかなか難しいわけですが、その中では非常にバンド側、企画者側に寄ったお店だったのではないかと思っている。環境改善を声高に言うつもりはないですが、このような店があったことは他のお店の方々も憶えておいてもいいのではないかと思う。
新宿ジャム、お疲れ様でした。

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THE PUSHERSについて
THE PUSHERSについて

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マングローヴから出たPushersのCD


THE PUSHERSは94年あたりに1年程度活動していたバンドである。ライブは10回くらいしかやっていないという。

なんでそんなバンドのことを書くのかというと、2017年の今、23年のときを経て、当時のデモテープのCD化(彼らは活動時にはレコード、CDを出しておらず、デモテープも少量しか出回っていなかった)とそれを記念しての再結成ライブがあったからだ。

メンバーはVo.Fifi (当時Teengenerateと並行)、Gu.野口(ex.Beardsley、のちにMuddy Frankenstein, TRIOなど)、Gu.市丸(のちにThe Knocks)、Ba.原(のちにTonight, TRIO)、Dr.ウガンダ(ex.ピーズ、のちにTweezers, Smantha’s Fabvouriteなど)である。音楽性も含めてTweezersの前身という言い方もされ、自分もよく大雑把にそのような言い方をしてしまうけど、すこしニュアンスは違うかな。

CDのライナーに書いてある野口の証言によれば、野口、市丸の2人によってバンドは始まった。そこにメンバー募集で原が入り、Fifiが入ったことによってバンドの体をなしてきた。ドラムは最初はヘルプだったが、最終的にウガンダが入って固まった。
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THE PUSHERS 1994


薄れゆく記憶の中でむりやり思い出すと、初ライブの前にはもうデモテープがあったのではないか?と思う。テープのタイトルは"P.F.F.P."。DictatorsのD.F.F.D.に則った、Pushers Forever Forever Pushers。結果的にはすごく短命なバンドだったんだけど(笑)
僕の中ではForeverだな。僕の記憶としては20000Vのオールナイト企画へ向かう誰かの車に僕も便乗していて、その中で聴いたような気がしているからだ。同乗者には曲くんなどがいたのではないかな?
その20000Vでのライブが最高に面白かったんだけど、どちらかと言うと音楽よりもTシャツの方が印象に残っている。みな揃いの黄色っぽい無地Tシャツにマジックで「MC5」
「レジストレーターズ」とか「初期ダムド」とか書いてあって、あとで訊いたら、好きなバンドを各々書いたということだった。
いまやFifiはTweezersでもFirestarterでもギターを弾かずに歌っているが、当時はTeengenerateのFifiだったので、まずギターを弾いてないということが新鮮だった。そして曲がとびきりポップで高速。一発で、お気に入りのバンドになった。



バンド名の由来についてFifiに尋ねたことがあるが、その時言ってたのは、Putters(Emptyからリリースのあるシアトルのバンド、パターズと読むのが正しい?)を意識して付けたという。ホントかどうかわかんないけど。音楽的にはライナーではVacnt Lot、Eastern Dark、Queers、Ramonsを意識したと書いてあったが、それ以外ではFastbacksを意識したというのを聞いたことがある。ようするに90s当時にリアルタイムのポップでファストなパンクをやるという、過去のスタイルを参照するというよりも同時代的なコンセプトだったのかなと思う。いま思えばそれはメロディック・ハードコア、メロコア、ポップパンク、パワーポップなどのジャンルが確立するまえのグチャっとした時代のものであり、リリースがなかったという理由によって語られることのほとんどなかった先駆者だったのではないだろうか。

Pushersの魅力はその「蒼さ」であったと思う。言い換えれば子供たちがバンドやってるようなかんじ(まあ、子供ではないのだが)があって、すごく楽しかった。当時の我々界隈では完全に普段着でそのままライブやる、っていうのが当然としてあったが、Pushersはお揃いのTシャツで出てきた。あるときはカラーのTシャツ(白いのを鍋で煮て染めたんだよ、って言ってた)だったり、市丸くんがバイトしてたゲームセンターにあったUFOキャッチャーの景品だったオバQのTシャツだったりした。そんな見た目のチープさも面白く楽しかった。
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THE PUSHERS 1994


上に、90年代の同時進行の感じと書いたが、カヴァー曲はDictators “Stay With Me”, Essybeats “Friday On My Mind”, Dave Clark Five “Anyway You Want It”などで60s, 70sのものだった。僕が好きだったのはNew York Dollsの”Showdown”だった(NY Dollsもカヴァーだけどね)。この辺はもろにFifiのセンスかと思われるが、60s好きのウガンダの意向もあったのではないかと思っている。

ぼくは当然Teengenerateの大ファンであったが、それとは別の楽しさをPushersには感じてたゆえ、自分の企画にも出てもらったことがあった。それがYoutubeにもあった!(誰が撮ってたんだろうか、、、)
まあ、記憶は美化されるものなので、当時感じてた強烈な楽しさはYoutubeではなかなか伝わってないかんじはしてしまうが、、、雰囲気は判るのでは。

94年、横浜7th Avenueでのライブ(Target Earth企画)

そんなPushersも10回くらいしかライブやってないのに、解散となった。解散となった理由は良く知らないけど、今回のCDにも収録されているラストライブとなる新宿ジャムへは観に行った(観に行ってるけど写真撮ってないのが自分らしいとも言えるが、、、)とにかく、Teengenerate以上に短い期間でワーッとなってパッと終わったわけだ。

その後市丸はかのThe Knocksを結成し、クロロホルム企画を始めることになる切っ掛けをつくるわけだが、その後のパンクシーンの流れを思えば、この市丸の行動はとても重要なポイントだった。原はTonightのドラムとなり、これもクロロホルムに加わっていく。野口はMuddy Frankensteinへ、FifiとウガンダはTweezersへというのが大きな流れであるが、個人的にはこの中の野口、原がのちにTRIOを結成し、僕のレーベルから出すことになる、という意味でPushersは重要なバンドであったと言える。
Pushers解散後に訪れたクロロホルム、70sパンクの再評価の波もあり、また別の場所ではメロディック・パンクの細分化など90s東京パンクシーンは活気を持ち続けていたけど、その中でPushersの名前は完全に忘れられ、長い間ほとんど話題に上ることも無かった。

20年ほど経ち、Teengenerateのドキュメンタリー”Get Action!”が作られた際に、素材となるビデオ集めが行われた。その過程でPushersのビデオがけっこう見つかったよ、という話を聞いた。このとき久々にPushersの名前を耳にした。これが第一の伏線だっのではないか。
その後、さらに2年くらい経ってデモテープのマスターが見つかったという流れになる。簡単にいうと、それをマスタリングしたのが今回のCDだ。
ことしの夏、僕とBaseの飯嶋くんは高円寺でやる写真展に取り組んでいた。そのときに飯嶋くんから聞いたのが、PushersのCDを出す、そしてライブをやる、ということだった。なんか、ムズムズしてウキウキした。

その11月はあっという間にやってきた。シェルターの昼の部かよ、まあそれも含めてPushersらしいけど。僕は家庭の用事があり、ギリギリ間に合ったけど、シェルターは満員で、そこにいたのはたしかにPushersだった、ドラムのウガンダは不参加でHateman他のツバサが代役ではあったが、アニキ、原坊、野口くん、市丸くん、がカラーTを来てすごくポップですごく速いあの曲たちを演奏していた。
再結成ライブを嫌うひとたちが一定数いる、というのは認識している。ノスタルジーだと。でも、このようにCDも出してライブもやるということが、また世に問うことになるわけで、それはいいことではないかな、と思っている。今回初めて観たひとたちは「伝説が美化されていただけだった」と言うこともできるからだ。で、僕自身観てどうだっのか?というと、すごく甘酸っぱかったわけです。かつてのPushersは、上に書いたように蒼さが良さであったと思ってたんだけど、ウガンダの寂しがり屋が無理やり明るいMCしてるのは無いにしても原坊のワンツースリーフォー!や市丸くんのピョンピョン跳ねる姿とかを観てて、わーっとなってじわっと来たね。これがPushersだ、ってね。
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THE PUSHERS 2017




たのしい時間はあっと言う間におわり、僕は用事があったので、すぐに帰ってしまったが、ぷあかうには懐かしいやつらが集まっていたらしい。僕はそこには参加できなかったけど、それゆえ、PushersをPushersそのものとして捉えられたからいいかな、なんてね。
今回1回限りの再結成だということなんで次はあるかわからないけど、あるならまた駆けつけるね。
Draggin' An Ox Through Water
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DRAGGIN’ AN OX THROUGH WATER。この名前は正直全然憶えてなかった。長かったから。でもその音楽は強烈に僕の記憶に残っていた。

SWEER DREAMS PRESSの福田くんとは長いことレーベル仲間というか、お互い毛色が違うながらもレーベルを続けている仲で、ときどき呑んだときなどにお互いのリリースしているCDを交換したりしている。その中でもインパクトの大きかったのが2010年のDRAGGIN’ AN OX THROUGH WATERだった。むちゃくちゃ凝ったジャケで、見開きの紙ジャケの片方にCD、片方にポスターが入っていて、しかも長方形だから収納しづらいし、ジャストすぎるビニールに入っていたのだけど、そのビニールに戻すのが困難でビニールは捨ててしまった。

中身の音楽もカントリーとノイズを混ぜたようなもので、うわー、これは狂ってるなー、どうしてこんなものをリリースしたんだろうか?と思った。彼の活動するオレゴン州ポートランドはインディの聖地的な扱いになっているのもなんとなく知ってはいるんだけど、それでも極端な音楽だよだなぁーと思った。
案の定、SWEER DREAMS PRESSのリリースの中でも最も売れなかった1枚ということになったようだ、、、それでも僕はちょっとしたときに聴いては、福田くんに会うときに「あれ狂ってるよね!」とか感想を述べていた。それ感想か?と自分でも思うが、、、

時は流れ2015年10月、SWEER DREAMS PRESSのページにて突如DRAGGIN’ AN OX THROUGH WATERの来日が告知されていた。名義がDRAGGIN’ AN OX THROUGH WATER & DJ MIXED MESSAGESとさらに長く憶えにくくなっていた(笑)そこにあのジャケ写が添えられていたからわかったようなもんで。そんなかんじで手帳には書いておいたが、その名前はまだ憶えられずにいた。
11月が明けて、福田くんからメッセージが来ていた。「中上さんの好きなDRAGGIN’ AN OX THROUGH WATER来ますよ!」って。ライブ当日にも「今日どうですか!」って来てて、あー、やはりこの音楽性だと動員厳しいのかな?とかそんだったら自分がいくべきだな、やはり、と、前日もSMALL SQUAREのライブでNestでDJやったので、同じ場所にまたいくのが億劫だったが、なんだか、観なくてはまずいだろうという気持ちになり、仕事終わりで向かった。

そしたら、意外とお客さん入ってて、あ、こういうのもみんな来てくれるもんなんだ、と驚いた。フロリダとその他の短編ズも初めて見るライブで楽しめましたし、DJ MIXED MESSAGESもなんか懐かしい感じのおしゃれ感があって(あー、これなんだっけなんだっけ、、、と思ったのがMargo GuryanのSunday Morninだった)よかった。
しかしそんなホンワカとした空気をDRAGGIN’ AN OX THROUGH WATERがぶち破ったというか、なんともいえない、静かに狂ってる感じを醸し出していた。やたら深いリバーブを掛けたギターとヴォーカルで囁くように歌う、ときにフィードバックや電子音を混ぜていく。CDで聴いているよりさらにおかしい方に突き抜けた音楽だった。たとえて言うなら、レジェンダリー・スターダスト・カウボーイのような感覚とロイ・オービソンのカヴァーを初期クランプスがやった「ドミノ」の雰囲気とかがをさらにシンプルにした感じ。全曲同じように聴こえるのだが、飽きることがなく、その淡々と進んでいく狂気に吸い込まれた。

終演後に少しだけしゃべったんだけど、すごく明るくて好青年で、上記のたとえのような感想を伝えたんだけど、そうだね、そうだね、大好きだよ、みたいな感じで明るくて、そんなところも、あー、アメリカのアンダーグラウンド音楽って奥深いなーと思ってしまった。加えて、サーフ・ミュージックもかなりやっていたそうだ。個人的にはガレージのファンがもっと観に来てもよかったのではないかな、と思うけど、初期のクランプスとかガンクラブとかああいう雰囲気はもうガレージとは言わないのかもしれないな、とも思った次第です。個人的にはいいもの観れてよかった。


これが延々続くかんじ、、、
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